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2011年3月

2011年3月 6日 (日)

冬の上高地

芝居の稽古の合間を見つけて、冬の上高地に遊びに行った。
スノーシューで歩き回るハイキングだ。
天気予報では、冬型。吹雪を覚悟して行ったのだが、
晴れ間も時々覗くまあまあの天気で、夏の喧騒からは予想もつかない
雪の上高地を満喫した。
Photo

釜トンネルを歩いて抜けて、いよいよハイキング開始。
大正池までは、スノーシューをつけずに歩く。
時々、焼岳が姿を見せる。
大正池は、昔たくさんあった立ち枯れの木が全く少なくなっていたのは
驚きであった。
Photo_2
<大正池から焼岳をのぞむ>
大正池から奥、河童橋への往復は、スノーシューを付けて、
ハンノキやケショウヤナギなどの林を自在に歩きまわり、
自然の空気をたっぷり吸って、すがすがしい休日を楽しんだ。
Photo_3
<誰もいない!冬の河童橋>

あちこち木の皮が剥がれていて、
それは猿の仕業とガイドが説明がある。
いる!いる! 我々ツアー、の一行に一向に構わず、
あちこちで、食事を「楽しんでいる」ようにみえるが、真冬の上高地で
(日本の猿の中で、最も気温が低いところで生きている猿と聞く)
必死に食べ物を見つけて生きているのだ。
Photo_4

Photo_5

一つ知ったことがある。
Weston
上高地に、日本に近代登山をもたらした、
ウェストンのレリーフがあるのは有名である。
はじめてレリーフが掛けられたのは昭和12年(1937年)。
それが太平洋戦争の際、取り外され、東京に保管されたが、
東京大空襲で燃えた(溶けた)のだそうだ。これは知らなかった。
だから、今あるレリーフは、それを打ち直したものなのだ。
こんなところにも、戦争の傷跡が隠されていた。

芝居も登山も、平和でなくてはできない。

2011年3月 1日 (火)

リーディング公演終わる!

2月11日と28日、2日間3ステージにわたった『和泉屋染物店』が終わった。
初体験のドラマリーディング。
数年前から流行りだした「ドラマリーディング」だが、
劇の台本を読むということで、稽古の途中を見せるんかいと私も思ったものだ。
実際、今回の私のお客さんでも、朗読関係の方々に多く関心をいただいた。

それが自身でやってみて、
又他の10本近くのリーディング上演も観て(聴いて?)、
なかなかそうは単純ではない、
工夫次第で、表現形態として成り立つものだと感心した。
あなどれない也、ドラマリーディングである。

ドラマリーディングと一言で言っても、実際はかなりフレキシブルで、
劇の形態に近い、台本を持たなくてもいいんじゃないというのもあれば、
ほとんど動きが無く、台詞の表現のみに徹するもの、
場面場面で、台本を持ったりはずしたりするもの等々、
様々である。

普通、役者は、台詞を「読む」のではなく、台詞を「言う」。
他方、ドラマリーディングというのは、台本を「読む」のだが、
「台詞」を読むのだから、
「言っている」ように読まなければならず、
台本を持っていようが、持たずであろうが、
本質的には、表現しようとしていることは変わりがないはずだ。
だが、台本を持つことと外すことの差は、役者にとってとても大きく、
自身の体験や他の上演で、その違いを体感できたことも、
大きな収穫だった。

私の役「幸一」は、
(ナント29歳! 私の歳の半分以下! これもリーディングならではできることかも。
若く見えたヨと言ってくださったお客様、ありがとうございました)
もちろん基本はリーディングなのだが、
途中、ここは構造上描かれる世界が変わる、
それを表現するために台本を外して、と演出から指示があり、
(え? リーディングなのに覚えるの? 話違うじゃん、
どうしようこの長台詞、覚えられるかと思ってしまった-これ、内緒)
稽古の初めは、台本を持って稽古をしていたのが、
途中から、台詞を覚える作業も含めての稽古となった。
すると、はっきり、役の論理の私内部への落ち方が違うのだ。
結果、外に現れる「幸一」像も、おのずから変わる。
演出の意図するところである。(うまくいったかどうかは別にして)

ところで、リーディングって、台詞覚えなくてもいい、楽だよなと思う方は、
たくさんいらっしゃるだろう。
そんなこと思わないよ、といえば嘘になるが、
やってみて分かったが、事はそう単純ではなかった。
最大の問題は、劇ならば丸ごと動きやしぐさで表現できるものが、
それができない、ということである。
声のみ、音声による表現のみで、その人物を表現しなきゃならない。
このプレッシャーは大きかった。

ドラマリーディング、この世界は、なかなか奥が深いのである。

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