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2010年4月27日 (火)

『シンガポールの青い空』

11日目。426()。曇り。

シンガポール港に着く直前に、叩きつけるような猛烈なスコール。

雷も鳴り、霧も出て、派手なお出迎えであった。

GPSは、北緯1度を示している。ほぼ赤道直下で、今回の航海で最南端。

War memorial park

中央に4本の白い柱が空に向かってそびえたつ公園だ。

ようやく来ることができた。

1942年この地に上陸した日本軍が、大虐殺を繰り返した場所。

しばし、立ち止まってしまった私。

船に乗り込んでから知った事実。

PeaceBoatができたきっかけは、

数人の学生が、他の国と交流ができないかと始めた船の旅だった。

彼らがなぜそれを始めたか、1983年に起きた「教科書問題」だった!

時を同じくして、平演会もできたのだ!!

「花岡事件」(中国人集団虐殺)を描いた『勲章の川』上演で始まった「平演会」。

教科書に書かれた日本軍によるアジア「侵略」という記述が、

文部省(当時)の検定により、「進出」と書き換えられ、

アジア諸国から猛烈な批判と抗議が起きた。

その時に、PeaceBoatも始まり、平演会も始まっていた……。

その平演会で、私は処女作を書いた。

『シンガポールの青い空』。

ここは、その舞台となった場所なのだ。

ここに、PeaceBoatの旅で来る日が来ようとは思ってもみなかった。

今思うと、これは単なる偶然ではなく、必然だったのだ。

シンガポールの空は、青くなかった。

北緯1度、ほぼ赤道直下、ほとんど四季のない大都会はどんよりと曇っていた。

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